恋愛に異常なまでに関心を持つ背景には、家庭での寂しさがあった
「教育困難校」という言葉をご存じだろうか。さまざまな背景や問題を抱えた子どもが集まり、教育活動が成立しない高校のことだ。
大学受験は社会の関心を集めるものの、高校受験は、人生にとっての意味の大きさに反して、あまり注目されていない。しかし、この高校受験こそ、実は人生前半の最大の分岐点という意味を持つものである。
高校という学校段階は、子どもの学力や、家庭環境などの「格差」が改善される場ではなく、加速される場になってしまっているというのが現実だ。本連載では、「教育困難校」の実態について、現場での経験を踏まえ、お伝えしていく。
年末年始、テレビや新聞では家族だんらんや故郷への帰省を当たり前のように取り上げているが、今の日本では実際はそれらとまったく関係のない家庭も多い。「教育困難校」のほとんどの生徒の家庭がまさにそうであろう。
「家族」に強いあこがれを持つ
「教育困難校」の生徒には幼い頃から、年末年始を家族一緒にゆっくり過ごすという習慣はない。サービス業に従事し非正規社員であることが多い親は、ほかの人が働きたがらず、そのために時給がよくなるこの時期こそ稼ぎ時であるし、生徒自身も同様の理由でアルバイトに忙しい。
子どもの最高の楽しみであるお年玉も、故郷から切り離され、もらえるような親戚付き合いをしていないので、親以外からもらった経験がない生徒もいる。その親からもらうお年玉の金額も、物心ついた頃から同額でまったく上昇しないという。確かに、今の高校生が小学生低学年の頃にリーマンショックが起こっており、彼らは好景気の時期を知らないのだ。
結局、年末年始も特別ではなく、家族がいつもより少し忙しく、いつもどおりバラバラに行動し、空いている時間はスマホに熱中することになる。テレビドラマやCMなどから、家族だんらんはすばらしいものらしいという一般的な価値観は漠然とキャッチしながら、その実態を体験できない「教育困難校」の生徒は、「家族」に強いあこがれを持っている。
そのうえ、無条件に親から愛されているという確信が持てず、つねに愛情渇望状態にもある。親からの愛情はいくら待っていても得られないとわかると、愛情を注いでくれる新しい対象を求め始める。思春期真っ盛りの高校生たちは、恋愛に異常なまでに関心を持ち、実際に行動する。
「教育困難校」の生徒たちに将来の夢を尋ねると、「若いうちに恋愛結婚して、子どもを3~4人作って温かい家庭を築く」といったステレオタイプの回答が非常に多い。さらに、「専業主婦になって子育てし、子どもに寂しい思いをさせない」「子どもをたくさん産んで、子どもにいつもやさしい親になる」といった、自分のこれまでの寂しさを吐露するような発言も多く出てくる。いずれにせよ、少子化対策に悩む政府にとってはありがたい人たちだろうが、彼らの夢の実現は、現実にはかなり困難である。
ねずみ花火のような恋愛
近年、若者を「草食系」と「肉食系」に区分する見方が流行しているが、「教育困難校」の生徒たちは、どんなに普段はおとなしくとも基本的に「肉食系」であり、それどころか「恋愛依存系」とも言うべき状態である。それがなければ生きられないのかと思うほど、彼らが言うところの「恋愛」をひっきりなしに繰り返す。
望んでも得られない親からの愛の代わりを求める彼らの「恋愛」は、誰かと出会うと一瞬にして「恋愛」と思い込み、後先を考えずに無軌道に行動し、すぐに終わる。まるで、ねずみ花火のような恋愛だ。
新しい恋人ができたとうれしそうに報告する女子高校生に、彼にいつ出会ったのかを尋ねると3日前などと答える。「顔が、Hey!Say!JUMPの○○に似てるから」とか「最初に会ったとき、落ちたマフラーを拾ってくれてすごく優しかったから」といった理由で、すぐに恋に落ちる。
前の彼といつ別れたかを聞くと、1週間前などと答え、その元カレとは3週間付き合ったと言う。数日だけの付き合いという生徒も少なくない。別れた理由は、「なんとなく」という自分でもわかっていないような理由が最も多いが、「ラインがすぐに戻ってこない」「お互いにほかの人が好きになった」といったものから、「ちょっとしたことでけんかしたらカレシがDVした」などの深刻なものもある。
自身の家族関係の中に、恒常的・安定的な愛情の形を見ることができなかった彼らは、一度「恋愛」モードに入ると、何のためらいもなく愛情が怒濤のようにあふれ出す。そして、相手の事情を考えず相手からも同量の愛情を求め、何か問題が起こるとそこで突発的に終わってしまう。2人で話し合い行動して問題を解決し、よりよい関係を長期間築いていこうという考えは、なぜかほとんど生じない。
相手にもっと愛されたい、あるいは拒むと嫌われるかもしれないと性交渉を持つ。これだけ性に関する情報が流れ、また、いくつかの教科で教えていても、妊娠を回避する策を取れればよいほうで、後先考えず欲望のままに行動することが多く、妊娠する女子高生は少なくない。「教育困難校」に勤務した経験のある教員で、女子生徒の妊娠事件に出合わなかった人はいないだろう。秘密裏に処理される数は、想像もつかない。
ある女子生徒の休みが増え、保健室の利用回数や、体育授業の見学が多くなると、ベテラン教員はおかしいと注意するようになる。顔や身体全体は細くなることもあるが胴回りがふっくらしてくると、本人に確認する。すると本人は拍子抜けするほどあっけなく認める。高校生なのに妊娠してしまったという罪悪感はさほどないからだ。その後、家族を呼んで善後策を講じることになるが、このときまで親は気づいていなかったという例がほとんどである。
実は中退を望んでいる高校
学校側としては一応、女子生徒に高校を続けてほしいとのスタンスで臨むが、当の本人は「カレシが結婚しようって言うから」と中退して産むことを選び、親も「子どものやりたいようにさせたい」と言って止めようとしない。学校側も、この道を選ばれると内心ほっとする。産んで高校生活を続けたいとなると、生まれた子どもをどうするか、ほとんどの場合、里親を探すか児童養護施設に預けることになるのだが、その方法を公的な情報に疎い親子と一緒に模索し、説明しなければならないからだ。
数ヵ月後のある日、その元生徒が赤ん坊を抱いて高校にやってくる。学校中を移動しながら、次々と顔見知りの教員に子どもの顔を見せて回る彼女の顔は幸せに輝いている。傍らには、戸惑い顔の年若い有職青年が手持ちぶさたに立っている。結婚式は挙げていなくても、書面上正式に結婚して新しい家族ができた彼女は、自分の人生の最高の目標を果たし、まさに絶頂の時なのだ。
この時代に、夫婦ともに高校中退であることや夫が不安定な職業に就いていることなどから生じる将来への不安は、彼女の頭にはよぎりもしないようだ。彼らの今後の生活の不安定さが見えてしまう教員は、今の彼女の幸福感・高揚感が少しでも長く続くように祈るしかない。
via 東洋経済オンライン
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